店舗ビジネスのデジタル化:EXを通じたUX × ソフトウェア的思考 | 家田昇悟 (ZEN PLACE )

店舗ビジネスのデジタル化:EXを通じたUX × ソフトウェア的思考 | 家田昇悟 (ZEN PLACE )

[#1]ヨガ・ピラティススタジオを全国展開するZEN PLACE CPOの家田さんに、デジタル化の取り組みや必要な組織構築について伺いました。

2021/10/19

DEEP DIVEは、プロダクト開発に関わる方にインタビューし「デジタル化」「ユーザーインタビュー・検証」「事業ドメイン特有のハードル」等の特定テーマを軸にインタビューし、自社・ご自身のビジネスドメインや取り組みについて掘り下げる企画です。
初回である今回は全国でヨガ・ピラティススタジオを運営するZEN PLACEのCPO(=Chief Product Officer)を務める家田昇吾さんに、お話を伺いました。
メルカリでのソフトウェア開発・事業企画を経て、現在では店舗ビジネスのDXに取り組む家田さんのご知見から、非Tech・店舗型ビジネスでのプロダクト開発やデジタル化について考えていきます。

Profile

家田 昇悟 (Facebook)
在学中に留学先の上海の日本酒コンサルティング会社で営業やイベント企画を担当。新卒で入社した株式会社メルカリにて、ID連携やアプリUX改善のプロジェクトにPMとして従事した後、株式会社メルペイに出向し、Product Management Officeにて顧客調査や業界分析、全社のドメイン知識強化の研修を主に担当。
以降は小売・店舗型ビジネスのデジタル化に軸足を置き、大手日系小売企業のデジタル領域の支援企業で法人営業と経営企画や中国展開支援を経て、現在のZEN PLACEに入社し店舗統括担当の後、CPOとして全社の事業開発とデジタル化に従事。

DEEP DIVE

現在の所属と担当

現在はZEN PLACEでCPOを務めています。
ZEN PLACEはマインドフルを軸に事業を展開し、約100店舗のヨガ・ピラティス専門スタジオの運営や、ワークショップ・インストラクター養成等を行っている会社です。
15年ほど前に、代表がアメリカに訪れた際にピラティスに出会い、その良さや効果への可能性を感じて、日本でも展開していくことを志し設立されました。


中心となるスタジオ事業では、月額会員さんがいて、固定グループレッスンとプレイベートレッスン等を受けていただく構図です。
せっかくなのでピラティス自体についても触れると、ピラティスは第一次世界大戦頃に、ドイツのジョセフ・ピラティス氏によって体系化された健康調整の方法であり、理学療法先進国家であるオーストラリアでは保険適用にもなっています。親しい分野として、整体とフィットネスの間くらいの立ち位置とイメージされることが多いのかなと思います。

ソフトウェア中心のビジネスから店舗ビジネスへ

新卒ではフリマアプリを運営するメルカリに入社し、数年ほどユーザーデータの共通基盤や決済に関連する領域でプロダクトマネージャーを担当。その後、グループ会社のメルペイにて、事業戦略・プロダクトロードマップの策定や中国を中心とした先端事例の研究等に従事しました。
このメルペイでの経験から、ZEN PLACEへの入社につながるような考えをもつようになりました。
最初に担当したメルカリは、C2C(=消費者間)のマーケットプレイスのサービスで、アプリ・ウェブを通じてオンライン完結するような形態で、いわばピュアなインターネットのような要素が多かったのかなと思います。
一方でメルペイで事業が大きくなるには、パートナーとなる加盟店さんの存在が必須です。決済データを通じた連携等、加盟店さんとの共同での事業展開を考える中で、よりお客様の生活と密接な小売やリアルビジネスに興味をもつようになりました。
そこで小売・店舗に対するデジタルの介在価値や拡大できる可能性を感じました。
そういった観点から違うドメインでの挑戦を考えるようになり、小売やRetailTechという観点で日本の先を行っていると思っていた中国に軸足を置きたく、日本の小売企業の中国進出・中国展開を支えるコンサルティング会社に転職をすることにしました。
その会社では戦略策定や開発支援といったような仕事をしていたのですが、やはり自分でも完成形や事業を創りたいという思いから事業会社への転職を検討し、2020年に現在のZEN PLACEに転職しました。

入社して感じた「店舗中心の事業戦略・文化の大切さ」

入社直後に感じたのは、価値観・文化・雰囲気や組織構成はメルカリ等のTech企業との違いです。
いわゆるTech企業だとデジタルプロダクトが優位性を構築することになるので、ソフトウェアを司るエンジニアを中心に考えることも多いかと思いますが、小売や店舗ビジネスだと現場のメンバーがいるからこそ全てが成り立つような構図なので、そういった差が現れるのかなと思います。
実際にZEN PLACEで考えると、現在アルバイトの方等も含めて700名ほどのメンバーが居ますが、9割以上が店舗運営のスタッフです。
たとえば本部や管理用のPC等の備品購入で考えてみても、直接ビジネスを支えてくれるインストラクターの方の生産効率上昇やコスト削減のために経費を使ったほうが良いのではといった考えになります。
一方で "自社の商品を愛する文化" という観点は、以前から馴染みがあって、個人的には取り組んだことで自分をオンボードさせるのに役立った点かと思っています。
メルカリでは採用面接時、内定までにメルカリを使って取引をしていないといけないという制度があったり、改善のために継続的に自分でも売買してみるといったことが自発的に行われていたりしたのですが、そういった自分たちが提供しているものを率先して理解する・好きになるという考え方は今でも大事にしています。
実際に自分もヨガ・ピラティスに通ってクラスやレッスンを受けたり、バックグラウンドにある歴史や文化を調べたりすることで、店舗スタッフとの共通言語やコミュニケーション機会ができ、円滑なコミュニケーションにつながりました。

コロナの影響で中国担当からシステム部管轄へ

もともとは中国担当として入社したのですが、2020年初頭は中国ではコロナウィルスが急激に拡大してしまっていた時期で、中国事業を推進することが難しくなってしまいました。
ZEN PLACEでは予約・販売管理システムを自社で作っており、ちょうどSaaSに置き換えるかを検討するタイミングでもあったため、メルカリというTech企業にいてソフトウェア開発に馴染みがあったということから、結果としてシステム部を管轄することになりました。
担当することになって最初に直面したのは、15年ほどプロダクトマネージャーのような執り仕切る役割の人員不在で進めていたため、システムがかなり複雑化してしまっているという状況でした。依存関係が非常に多かったり、HR・経理等の本来は切り離せる社内オペレーションも中に組み込まれてしまっている部分もあったり、とチグハグな状態だったと記憶しています。
また、メンバーとしては、情シス2名・フリーランス2名(インフラ,アプリケーション)・エンジニア会社から派遣で来てくださっているメンバーが2名程度の組織で、いわゆるソフトウェア開発のセクターには常勤メンバーはいないような組織となっていました。
そういった状況で、ソフトウェアを理解した事業戦略・企画と開発マネジメントが自分に出来ることとして、システム全体がどうあるべきかを考え開発ロードマップを引くことから始めることにしました。単純なデジタル化(≒業務のSaaSへの置き換え)と会社としての挑戦・資産にするかの2つに区分けし、代表ともコミュニケーションをしながら進めていきました。

理想のシステム部を作るための動き

振り返ってみると、フリーランスや派遣で来てくれているエンジニア、並びに派遣元の会社とのコミュニケーションは最初にやって良かったと思っています。
当時のシステム部門は、上がってきた要望や要求を実装するという形にとどまってしまっており、受託のような考えになってしまっていました。そのフローの上流から自分がとりまとめロードマップの策定や実施すべきことの発信などを強くしていき、新たな開発プロセスを模索しました。
たとえば、インフラを担当してくれていた方はアーキテクトへの造形も深く、外部の会社での技術顧問を務めているような人だったため、技術顧問という役割を渡し、体制構築やドキュメント整備のような段階から入ってもらうようにしました。
以前はやりづらさや疎外感を感じていそうでしたが、今ではミーティングの際に「弊社」と言う言葉を積極的に使っており、自分の組織・事業として考えてくれているようになったケースなのかなと嬉しく思っています。
また、当時は要望や要求に応えるために、スピードを優先することがほとんどで、リファクタリング等の時間がとりにくく、技術負債が増えていくようなケースもありました。今では技術負債を解消する取り組みも自発的に起こっており、どこをAPI化や疎結合にしていくかといったような話も出るようになっています。
少しずつではありますが、利用者にとって「良いシステムを自分たちで構築・運営する」といった大義のもと、開発チームが出来上がってきているのかなと思います。

スタジオ業務を中心とした事業のデジタル化推進

スタジオ業務も理解しながら組織構成もしつつ少しずつデジタル化を進めていき、業務を下記3つに切り分けて考えることにしました。
  • スタジオ業務でのアナログ作業の改善
  • 管理本部業務の効率化
  • ビジネスモデルのアップデート,再編
最も重要なウェイトを占めるスタジオ業務に関しては、現在で8割ほど完成した状態まで来ています。以前は入会やアンケートは紙で行っていましたが、それらを全てオンラインに置き換えたり、原則として現金での決済は廃止し、追加料金がかかるレッスンや備品購入等もクレジットカードでの事前決済にシフトしたりと、デジタルに軸足を移すことに成功しています。
自分が所属する管理本部業務に関しても、販売管理システムに組み込まれてしまっていた管理体系や人事等は、RPA等を組み合わせてエンジニアを介さず作業・改良ができる形が見えてきました。
合わせて、前述の通り、「どこはSaaS等外部ツールに置き換えるか」「どこは会社として資産にするか、自前にするか」という考えも関わってきます。
もともと15年ほど運営したものに手を加えていく難易度はやはり高く、依存関係を全て洗い出さないと改善していきづらい要素も多々あります。また、店舗は毎日14時間ほど稼働するため安定性や即時性も重要で、API連携をしてつなぎこむよりも、自分たちで作成したほうが安全かつ早いことも多いです。
そういった面から、主にスタジオに来るお客様に向けたUX面は基本的には内製する形としています。

オンラインレッスン導入を通じたブレークスルー

2020/4の緊急事態宣言以降、実際にスタジオで対面でやるようなレッスンは受講しにくい状況になり、グループレッスンをライブ中継をすることにしました。


ZoomのAPIを利用してレッスン枠に対して自動でレッスンURLを発行して、受講者・受講希望者の方に送信するようなシンプルなものです。
1:1で施術を行う整体等に比べてグループレッスンが可能なため、1:Nでビジネスを行うことが可能でしたが、スタジオでのレッスンは20名程がキャパシティになってしまいます。実際に、人気のレッスンに関しては、希望者が枠を上回ってしまい機会損失になってしまうこともありました。
ですが、オンラインにコンテンツをもってくることで、50名が参加するレッスンも開催できるようになり、家賃・人件費といった固定費を同じくして、集客人数は倍以上といった結果を出すことも可能になりました。コロナ禍における新しい軸としては非常に良い取り組みだったと思います。
以前に社内でレッスンのオンライン化の話が出た際は、手動で毎回URLを発行する、スクラッチで作るという案が出ていたようですが、該当プロジェクトについては、これまでの自身の経験を活かして、よりベターなソフトウェア的アプローチを用いて解決でき、こういった部分でも貢献できるのだと実感しました。

店舗ビジネスの未来 - EXから成るUX × ソフトウェア的思考

Tech企業やソフトウェアが売上に直結するような形だと、UXと言われるユーザー体験を磨き込んでいくことが重要だと思います。
一方で店舗型ビジネスでは、従業員体験が先に来ないとUXにもつながりません。
というのも、お客様に向けた導入説明をするのは店舗スタッフですし、お客様が分からなかったときは店舗スタッフにお問い合わせがいくことになります。
従業員体験、いわばEX* を事前に構築しないと、お客様にも良いUXを提供することができない特性があると考えています。
* EX = Employee eXperience, 従業員がその会社での業務を通じて得られる体験を指し、狭義では制度・文化,組織体制、広義では今回のような業務レベル水準やマニュアル等も含まれる (参考:組織開発にとって欠かせない「従業員体験(EX)」とは?)
また、店舗をベースにした際にプロダクトは店舗そのものになるので、いわゆるソフトウェア的なプロダクトマネージャーは存在しないのかなと思います。強いて言うのであれば、店舗のP/Lを持っている人が事業責任者であって、プロダクトマネージャーに近い存在なのかなと思います。
そういった側面から、店舗統括の権限をもらい、必要な組織構成やデジタル化を進めていきました。
数値をベースにした店長との戦略策定はもちろんですが、店舗とシステムの連動をやりきることが重要なので、強く意識している点です。
以前は分からなかったことや不便なことがあると、緊急度・需要度を問わず本部に電話がかかってきていたのですが、窓口をオンラインに集約し資産にできるような体制を整え、取り組むべきかどうか・どうやって課題を解決するかをシステム部が行うようにしました。
こういったシステム側が一定のイニシアチブをもてるようなフローを作っていくことで、社内請負でないシステム部を作ることを模索しています。その際に、「自分たちが開発担当としてプロダクトマネージャーの要素を持って、自分たちで進めていくんだよ」といった啓蒙も進めています。
合わせて、採用や異動を通じての、ソフトウェア的思考を持つ組織構築も考えている点です。
SV(店舗監督)部門やインストラクターの中でソフトウェア的思考ができる方にシステム部に異動してもらい、Chatbotの導入や簡単なSaaS導入をはじめとして、RPAやノーコードでの業務改善等を行ってもらっています。
他にも、「こういった業務は当然、自分たちでやるんだよ」といった水準を上げるような動きも効果が出ていきます。
具体的には、エンジニア以外でも関わるメンバーに、「SQLを自分で書くのは当たり前」といったように、オンラインの恩恵であるデータへのアクセスやPDCAを意識するような動きを促しており、今ではKPI可視化やノーコードでの簡単な業務ツール構築等が行われる状態になってきています。

Editor's Comment:編集後記

前回の10 Questions to Product Managers(#10q2pm)とは別企画として「DEEP DIVE」という、新企画を開始してみました。この企画では、カジュアルでサクッと学べる#10q2pmと比較して、よりディープに、プロダクトに関わる方に事業開発における自社・ご自身の取り組みや苦悩を深掘っていく形で進めていければと思っています。
初回はZEN PLACEのCPO家田さんからです。新卒同期(2016年入社)で今でも仲良くしてくれています。
留学先の中国での経験を活かし、学生時代から中国Techに精通した人物として知られており、とにかく書籍を中心に圧倒的なインプットを常にしていて、ビジネスやサービスに対して歴史やマクロの動きなどから、しっかり構造的に考えている方です。同時に、新しいサービスを自分で触ったり、体験をしに足を運んだりと、ユーザーとしてUXに触れることにも積極的な印象です。
現在ではソフトウェアドリブンなTech企業からは離れ、店舗型でリアルに紐づくようなビジネス領域にいる立場から、「EXからUXにつながる」といった点や、「店舗自体がプロダクト」「店舗とシステムの連動」「受け身でない開発組織」「デジタル化と組織」など、ルーツがTechにない企業でのデジタル化の取り組みをお話しいただき、違いと共通点を考える契機となる個人的にも非常に興味深い内容でした。
ZEN PLACEや店舗型ビジネスの未来等にご興味の方は、ぜひ家田さんに連絡してみてください。

お知らせ

毎週1本(火曜17:00想定)、プロダクトマネージャー・プロダクト開発に対するテーマを発信予定です。
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