フルタイムデザイナー不在時の事業開発 - 起こり得ること・気をつけるべきこと | 上谷真之 (newn)

フルタイムデザイナー不在時の事業開発 - 起こり得ること・気をつけるべきこと | 上谷真之 (newn)

[#4]nanapi CCO, メルカリでの新規事業立ち上げ, ご自身での起業やsmartHRでの子会社創業等の経験を持つ、newn上谷さんにお聞きしました。

2021/11/25

DEEP DIVEは、Medyを開発する浅香がプロダクト開発に関わる方に「デジタル化」「ユーザーインタビュー・検証」「事業ドメイン特有のハードル」等の特定テーマを軸に、自社・ご自身の領域や取り組みについて掘り下げていく企画です。
今回は、newnで事業責任者・デザイナーを務める上谷さんにお話を伺いました。
スタートアップ・アーリーフェーズでの事業立ち上げやデザイン組織構築の豊富さ、ご自身での起業経験もあるご知見から、フルタイムデザイナー不在時に気をつけたいことや初期デザインについてお話いただきました。
過去記事はこちらから:




Profile

上谷真之(@utmy5)
制作会社からキャリアをスタートし、その後いくつかのスタートアップでの立ち上げ経験を経て、2017年に自ら起業。2020年より株式会社newnにデザイナーとして参画し、その傍らでD&Experimentという屋号でデザインを軸とした事業支援や後進デザイナーの育成を行う。



肩書にとらわれない働き方

ー 現在のお仕事について教えてください
現在はnewnで、複数の新規事業立ち上げを担当しています。


デザイナーとして入社しましたが、
  • 体験や仕様の検討
  • デザイン
  • フロントエンドのコーディング
  • 経営層との新規事業のネタ探し
など、幅広く担当しています。
その他では、デザイナー採用にも関わっており、事業・組織を横断した採用のための要件定義やプロセス整備等にも関わっています。
もともとnewnには、2020年2月くらいから業務委託として関わり始め、hours というソーシャルコマースのサービスの立ち上げを担当していました。
その後、2020年11月に正社員になり、現在に至ります。

業務委託とフルタイムの差 - 業務委託の方と効果的に働くには

ー 業務委託を経ての入社とのことでしたが、業務委託とフルタイム(正社員)での働き方や求められていることの差を感じた部分はありますか?また、受け入れ側が気をつけておくべきことを教えてください。
業務委託として働いていた際から変わらず、デザインという手段も用い事業を0から立ち上げていくということに一貫して取り組んでいます。
なので、個人としては、あまり変わったことはありませんでした。
一般的なケースで考えると、下記のような整理で "業務委託としての働き方"、引いては "業務委託の方に何を期待するか" をスムーズにできるかと思います。
  • 業務委託の方のためにタスクを作る必要性の有無、粒度
  • ビジュアルデザイン,UIデザイン,CI/BI/VI, アイコン作成等のデザイン専門性のバランス
  • デザインシステム/ガイド,コンポーネント,CSS設計等の基盤レイヤーの構築
  • プロダクトマネージャーのような体験(≒UX)設計からの担当可否
これらを、会社・事業の状況や社内メンバーの特性に応じて考えると、双方で価値を最大化できるのではないでしょうか。
また、昨今のマクロトレンドでいうと、デザイナーで副業に興味がある方や実際に副業として働いている方は増えている印象です。
特に20代後半など、一定の経験はして自身のスキルを元に挑戦ができるような環境は貴重ですし、その中でワークしている方も多いように感じます。
そういった意味では、うまく期待値の調整や役割分担ができると、社員としてのロールを部分的に効率よく埋めて、双方にとって良い状況も作り出せると思っています。

Tech/Business/Design(Creative)のバランスと現実

ー よく言われる3要素のバランス。事業立ち上げ経験が豊富な上、経営経験もある上谷さんから見た実態や、どう考えているかを教えてください。
これに関しては、事業の特性やタイミングに依るというところが全てかと思います。
経営者・意思決定者は、3項目の専門性において "どのプロでもない" という状況が一番多いのではないでしょうか。
3要素が出てくるので、三等分して均等にリソースを割くことが理想のように思えますが、スタートアップのような各種リソースが潤沢でない場合には現実的に難しい話です。
また、事業や会社のセンターピンやKGI・最重要指標において、何が重要かによって少なからずそれに適した比率はあるはずです。
予算をケチるというよりは、最重要事項に正しくフォーカスすることで成果を最大化していくことが重要だと思います。
たとえば、newnでも運営しているD2C・ブランドといった事業形態では、製品とブランドは密接に関係し、事業規模を拡大する際に "Design(Creative)" が重要な項目となります。
そういった際には、経営メンバー・創業者にデザイナーがいる状況、もしくはデザインへの投資重要性を理解していることが重要かと思います。
とはいえ、世の中のトレンドが「経営メンバーにデザイナーが必要」やトップ企業は「デザイナーやデザインにルーツをもつメンバーが創業メンバーにいる」といったようなことから、短絡的にそのまま「デザイナーが必要」と考えるのは、非常に危険です。
経営メンバーにデザイナーが必要なのではなく、自社がやる事業や創りたい未来にデザイナーが必要かどうかが重要であり、必要な場合は入れましょうという話だと思います。

3要素の根底にある事業ドメインへの理解

ー 事業の重要な要素が何かによって投資バランスは変わってくるということですが、他領域への染み出しや前提となる部分など他の要素はあるのでしょうか?
例として、B2B SaaSで考えてみます。
最近では、業務のデジタル化・ビジネスの高度化に伴い、注目が集まっている事業形態かと思います。
運営企業も多いですし、今後の動きとしてもソフトウェア業界が主導して業務をデジタルに転換したり、デジタルだからこそ取り得る選択肢を提供したりするケースは増えると思います。
そういった大きな動きによって、デザイナーも機会を得やすくなっていると思います。
一方で、B2B SaaSに求められるデザインのレベルは極めて高度です。
"業務" をデジタルの形で代替したり、より便利にしたりするには、製品を提供するドメインの商習慣や法律への理解・準拠が必要となります。
デザイナーとして求められることは、単なるUI/UXやクリエイティブデザインでなく、利用者のビジネスを最大化・効率化するための手段として最適なデザインを提供するということです。
こういったように、事業特性として業務への高度な理解というものも求められます。
経営者・採用側の観点では、そういった点のサポートをしたり、素養・スキル・学習意欲を持つ方を採用するようにしたりするのが良いのではないでしょうか。
初期からフルタイムメンバーが必要かどうかは、作り上げていくスピード感等にも依ると思いますが、ドメイン知識をインプットする時間も鑑みると、デザインに関しては一定以上の経験・スキルをもつデザイナーに任せた方が良い分野かと思います。
自分自身も過去に、保険領域でのB2B SaaSの立ち上げを行っていた際は、初期業務の大半は保険業法の書籍を読み、デザインの前提のための時間を作っていました。
「後から学びます」というよりは、能動的にビジネスドメインへの知識を深めたり、デザインだけでなく自身でのビジネスへの挑戦してみたりと、応用的な部分も求められるかもしれません。

フルタイムデザイナー不在時に気をつけたい初期負債

ー アーリーフェーズのスタートアップや小規模の組織ではフルタイム・専任のデザイナーが居ないケースも多いと思います。そういった中で、初期に発生してしまいがちなミス・負債について教えてください。
技術負債という言葉がありますが、デザイン負債というものも実際に存在していると思います。そして、初期の段階でその種が植えられてしまうと、後天的に負債を返済することが難しくなってしまうこともあります。
具体的には、下記のような点が負債になり得ると思います。
Case : ドメインに制約がある・高度なビジネスデザインが求められる事業
(= 先程のB2B SaaSの例など)
【影響】
toB事業は業務の中に組み込まれるため、初期につくったものが顧客のベースとして事業が進むことが多い。作り手の意識としてはβ版や暫定的なものかもしれないですが、利用者はルール・基準として考えます。また、オペレーションやマニュアルをそこに合わせて構築することもあります。
その中で、実は法的・業務的にはそぐわない機能や体験としてふさわしくないことが発生してしまうと、巻き戻すのも難しく身動き取りにくい状態になってしまうことはあるのではないでしょうか。
【考えられる発生背景】
  • ジュニア,業務理解度が低いデザイナーのアサイン
  • UI・グラフィックといった表層レイヤー先行でのプロダクトづくり
デザイナーがとれない・いない → 誰か手伝ってほしい → 手を動かしてもらえれば良い → 経験が浅い・未経験デザイナーのアサイン
営業や採用のためにそれらしいデザインが必要 → とにかくUI・グラフィックを揃えたい → 十分な業務理解・設計をせずに、必要画面の洗い出し・作成
等といった流れで発生しやすく思えます。
これらのケースは、見栄え上は良さそうに見えることもあるので、初期には気づきにくいという点もあります。

デザイン負債解消のために

ー では、デザイン負債にどう向き合うと良いのでしょうか。重要な点や要素を教えてください。
上記のような負債の解消というのは、合理で意思決定するのは非常に難しいと思います。
たとえば、技術負債では、
  • ◯◯を変えると月間コストA円下がる
  • サービスの可用性がB%上がる
  • Cの期間修正すると、以降の開発スピードがD倍になる
といったように計測可能なケースも多いかと思います。
ですが、デザイン負債の解消は定量的に表しにくい性質があります。仮にデザイナーがいる場合は説明責任がないわけではないのですが、非常に言語化しにくくチームの理解を得づらい領域だと感じます。
では解決にどう向かっていくのか。やはりチームに対する「文化・価値観」の事前インストール、もしくはトップダウンでやり切ることになるかと考えています。
いわゆるバリューのような文化・組織価値観で言うと、デザイン・クリエイティブの重要性を説くものももちろん、 「抜本的な改善・改革」「常に正しい姿を考える・現状を疑う」「将来のスタンダードを作る」といったようなものがあると取り組みやすいように思えてます。
また、そもそも「デザインが重要」という価値観がある組織では、常に高い水準でデザインに対するクオリティチェックが行われているため、こういった負債の発生確率を下げることができるとも思います。

デザイン解像度の向上に向けて

ー 初期からの負債を積み上げないためにも、デザインの重要度、デザインに対する判断基準が重要とのことですが、会社・経営者・組織として何を気をつけるのが良いのでしょうか。
(にわとりたまご問題のような要素は一定ありますが) スタート時点での経営メンバーのデザイン解像度がものを言ってしまうのは事実だと思います。
創業フェーズの会社に何社も在籍しましたし、外部からも手伝ってきましたが、圧倒的に一番大事だと考えています。
後付で「デザイン・クリエイティブは大事です」と心から思う・思い抜くことは難しいことだと感じます。どちらかというと、自然・当然として重きを置いている・感じているのがベストではないでしょうか。
手前味噌ですが、newn創業者である中川はデザイナーではないものの、デザインに造詣があり、美しいものを美しいと判断できるような審美眼をもっていると思います。
そういったメンバーが経営していると、クオリティや方向性として間違いにくくなります。少なからず求められるレベルやコンセプトに対して大外しすることはないでしょう。
常にその基準で判断され、徐々に組織や事業にインストールされていくと、複利で差も出てきます。
とはいえ、難しいことだと思います。
そういった中で、デザイン解像度向上や初期負債や失敗を起こさないためにできることは、中心的な役割を担えるメンバーの採用、もしくは壁打ち相手の確保というシンプルなことです。
ですが、きちんと実践しきっている人は少ない印象です。
現役のシニアデザイナーやデザイナー出自の経営者など、話せる人に壁打ち相手に入ってもらうことで解決できることは大きいです。デザインに投資をしている会社や、デザインがイケていると思う会社のJobDescriptionや広報を見てみるのも効果的なのではないでしょうか。
「自社に合う人材が…」という話もありますが、アクション数増加や質を上げていくことは切り分けて考えられる・実行できると思うので、量をこなすことも大事だと思います。

フルタイムデザイナー不在時にどう事業開発に取り組むか

ー 実際にフルタイムデザイナーがいない組織での役割分担やポイント、今までのご経験からなるノウハウを教えてください。
ざっくり分けると、
  • 意思決定者がデザイン・プロダクト開発の実務を行わない・行うことが少ないケース
  • 意思決定者が中心としてデザイン・プロダクト開発の実務を行うケース
で考えることができるかと思います。
前者は意思決定者がCEOや経営メンバーのケースになると思います。繰り返しにはなりますが、前提としてデザイン解像度、すなわちデザインに対する(投資)重要性の理解が必要です。
また、前者のケースでプロダクトマネージャーや事業責任者・担当者がやっておくと良いことは「パイプを増やすこと」だと思います。
ここ2,3年のトレンドとして
  • 副業ニーズが高まり、実際に副業を希望する人材が市場にいる
  • 広告系の案件が中心だった制作会社が、スタートアップとも取引しプロダクト開発にも関わる
という状況になってきていると思います。
この状況を活用して、課題・理想に対して効率的に成果を出せるような人・組織とのパイプを持っておくことは非常に重要になってくるかと思います。
フルタイムのスペシャルな人材を採用することは、非常に難しいです。よく知っていたり付き合いがあったりする会社でも、1年間採用できてないケースもあります。
数年前に比べて圧倒的にフルタイムデザイナーの採用難易度は上がっていると思いるので、確度が低いことに投資し続けることはアーリーフェーズにおいて良い選択とは思えません。
フルタイムデザイナー採用は理想ではあるのものの、実情を考慮すると固執はしなくても良いのかなと思っています。
どちらかというと、人材獲得の引き出しを多く持つことと、それを柔軟にマネジメントすることで解決できることも多いと考えています。
たとえば
キャンペーン → 制作会社A + 制作会社B + フリーランスC
プロダクト開発 → ミドルレベルの副業デザイナー3名
のように、シーンや目的ごとに、スムーズに頭に浮かび実際にコンタクトできると引き出しがあると、フルタイムデザイナーが不在でも様々な課題を柔軟に突破していけるのではないでしょうか。
ー インハウスやフルタイムデザイナーといった手段に固執せず、状況や課題感に応じてパートナーを選ぶというのは現代に合っていそうですね。とはいえ、そういったケースだと、デザイン担当者が流動的になることで発生する課題もあるのではないでしょうか?
関わるメンバーが増えてくると、マネージコストは相対的に上昇します。
そのため、いわゆるクリエイティブディレクションやプロジェクトマネジメントスキルは、プロダクトマネージャーが身につけていく必要はあるのかなと思います。
また、複数人がデザインを担当することでトンマナのブレや断片的なデザイン・改善の繰り返しによる弊害や将来的に負債となり得るケースは大いにあります。
解決策としては、
  • デザイナーとの窓口を1人に統一すること
  • デザインが好き・重要だと思っている・少しでも分かる人がコミュニケーションハブになる
  • 漠然と感じているデザイン課題の放置を絶対にしないこと
といったように、芯を通す体制や気持ちが重要なのではないでしょうか。
コンセプトを構成する能力、方針・指針を明文化する能力は求められると思います。
ー 意思決定者が中心としてデザイン・プロダクト開発の実務を行うケースで、気にかけておくべきことはあるでしょうか?
おそらく、プロダクト開発出自のメンバーが社内にいて、プロダクトマネージャー的な職務を担っているようなケースかと思います。
気をつけるべき点については、前者のケースとあまり変わらないと思っています。
別の観点でいうと、デザインにルーツ・専門性を持たないメンバーが自分で手を動かして解決するのかという話は頻出する話題です。
個人的には、様々な制約とバランスをとった上で、できるのであればやった方が良いかとは思います。アサインする側・経営側の目線から見ると、フルタイムのプロダクトマネージャーに対して「デザインもインプットしてくれ」というのもありかもしれません。
近年は、職種の境界が溶けてきており、単純に肩書で業務を語ることのが非常に難しい状況です。そういった中で、「自分は◯◯(例:PdM)なので、ここからはやらない」といった線引をし、自身の業務を限定してしまうのは危険に感じます。
また、スタートアップやアーリーフェーズの会社は、一般的には非合理的なアサインだったとしても、何とかして目の前の課題を突破する必要がある機会も多くあります。
もちろん、フルタイム採用できるに越したことはありません。ですが、これだけ魅力的な会社が多い中で、完璧にフィットする人材に入社してもらうことは極めて難易度の高いことです。会社状況や採用優先度、組織の特性等から複合的に手段を考え選択していくと良いのではないでしょうか。
(本文終)



編集後記

#4はnewnの上谷さんにお話を伺いました。
デザインや事業づくりに専門性を持っていらっしゃることはもちろん、マネジメント・経営・起業のご経験から、デザイナー採用や組織構築にも非常に強みがある方です。
今年の頭には

といった、デザイナー採用について組織フェーズからケースを整理してご発信されており、こちらも多くの反響があったので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
僕も何度かデザイナー採用や、自分自身がデザイナー業務をどこまでやるかの判断軸など相談させていただいてます。
「アーリーフェーズや少人数での事業づくり、フルタイムデザイナーがいない時は何が論点になるのか」といった問で、回答がケースによってかなり変わるということもあり、非常に難しい話題にお答えいただきました。
個人的にも非常に気になるテーマで、充実したインタビューでした。(弊社もフルタイムデザイナーがおらず、業務委託の方と僕で分担しています)
大前提として、事業に依るバランスはあるものの、やはりトップ層や意思決定者がデザイン・クリエイティブを重要だと思うか・いかにそのメッシュを細かく見れるかということは非常に重要だなと痛感しました。
同時に、足元の事象だけでなく、マクロ的な考え方や事業の特性・目的といった上位戦略から考えるという暗黙的になりがちな部分も、言語化いただけた意味は大きいのではないでしょうか。
勤務形態の流動化や副業解禁が進む中での、パイプづくりや効果的な業務委託・副業メンバーとの事業づくりという観点も、今後のスタンダードとして参考になるのかなと思います。
文中にあったように、採用しようと思っても難しい時代ではあることは実感しているので、採用要件定義や考えられ得るアクションの徹底はもちろんですが、課題解決にあたっての柔軟な選択肢を持っておきたいと個人的には思いました。
さて、上谷さんがデザイナーや事業責任者を務めるnewnでは、現在デザイナー・クリエイティブディレクターを積極的に採用をしています。
ご興味をお持ちの方は、下記からアクセスしてみてください。



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